民生児童委員インタビュー

民生児童委員の想いをお伝えします。

第4回わからないまま飛び込み、泳ぎ続けた38年

鷲頭 和江

東京都民生児童委員連合会常任協議員
渋谷区民生児童委員協議会会長

右も左もわからないところからのスタート

私が委嘱を受けた昭和55年(1980年)当時は、地域に会議室や打合せの場所が少ない時代でした。義父が敬老会長を担っていたからか、我が家が集会の場になっており、民生児童委員候補者の話が出た際に、義母の名前があがったようです。しかし、当時の年齢要件でそれが叶わず、私にその話がきました。当時の私は30代の半ばで、民生児童委員という名前さえも知らず、なにをやるのかもさっぱりわからないというところからのスタートでした。委嘱状伝達式の際、他の新任委員とは世代が違っていたため、戸惑ったことを覚えています。

最初の10年ほどは、子育てをしながら委員活動をしていたのは私くらいでした。今思えば周りの先輩方が、子育てと活動が両立できるように配慮しながら、民生児童委員として育ててくださったのだと思いますよ。

仲間や関係機関と連絡を取り合うことの大切さ

これまでの委員活動では、いろいろなことがありましたね。例えば、実父と遠く離れて暮らす母子がいました。児童扶養手当を受けるために必要な、申立書への署名捺印を小学校1年生のときから毎年依頼されたことがあります。そのお子さんが大人になり、立派に就職されたと伺ったときは大変うれしかったです。

一方で、高校受験に必要な資金の貸付を希望する父子がいたのですが、父親がそのお金をギャンブルに使おうとしていることがわかったため、手続きをとりやめたことがありました。最初に依頼を受けたときから思い当るところがあったので、学校の先生に連絡し教育委員会や父子の住むアパートの大家さんからも情報を伺ったところ、資金の貸付は対象外ということが判明したのです。そのことを伝えると、父親からはだいぶ恨まれてしまったようでした。こうした経験も通して、ひとりで悩まないことや、仲間や関係機関と連絡を取り合うことの大切さを学びました。地域のためと思ってやってきましたが、結局のところ自分自身が活動を通じて成長させていただいたということですね。

会長になって思うこと、包括の誕生で変わったこと

その後、私の所属する地区の前会長が病で倒れ、急遽会長を引き受けることになりました。引継ぎなどを受けようもなかったので、わからないことは1つ1つ自分で聞いていくほかありません。そんななか、やはり仲間の民生児童委員の方たちが助けてくれました。会長になったことで、あらためて一人で抱え込まないということを意識するようになりました。

会長としては「餅は餅屋」という言葉もあるように、得意なことがある方には適した場面で活躍していただけるように心がけています。たとえば、私の所属する民児協には30人の委員がいますが、そのうち英語の得意な方が4人もいます。区の「ふるさと渋谷フェスティバル」の際に民児協のブースを出展していますが、その方たちには通訳をお願いしているんですよ。

委嘱当初と現在を比較すると、関係機関への連絡や連携がスムーズになったように思います。特に地域包括支援センター(以下、包括)ができたことが大きかったですね。包括では、そこで解決できないことでも適切な専門機関等を紹介してもらえます。例えば、区で実施している敬老金配布の際に気になる人がいた場合、包括に連絡するとすぐに調べてくれ、ケア会議での検討につながっています。

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長く続けるコツと仲間の存在

息子夫婦が共働きだったため、孫と義母のダブルケアをしていた時期もあるんですよ。義母の介護については、ヘルパーさんを頼りつつ、親族にも頼んでローテーションで介護をしていました。孫の保育園の送り迎えも息子のお嫁さんの親御さんにも手伝ってもらうなど、家族総出で過ごした感じですね。

民生児童委員活動と並行して町会デビューもしたので、地域ではお互いに良く知る方が増えました。夫は働きづめで不在がちだったので、そのせいか義父母は町の人たちから「いいお婿さんをもらったね」と言われたことがあったらしいです。私は嫁いだ身なのですが、地域の人には実娘と思われていたようです(笑)。

プライベートでは委嘱を受けたころとほぼ同じ時期に、週1回スイミングクラブに通うようになりました。大好きな水泳を続けるためにも、健康にはとても気をつかっています。また、泳ぐことで体力を維持できますし、ストレスの発散にもなるので一石二鳥、相乗効果があると思っています。

民生児童委員活動は、体が健康で体力があれば続けられると思います。初めから力を入れないで、自分にできることを1つずつやっていくことが大切ではないでしょうか。

仕事や介護と両立しやすい民児協に

また、若い方に活動を担ってほしいという思いがあります。私の所属する単位民児協でも50代で仕事を持っている方が数名いらっしゃいます。仕事の都合などで会議等に出席できなかったり、日中不在になるのは致し方ないことなので、そういったことを皆でカバーしながら委員同士で支え合って進めることができるといいなと思います。私自身、委嘱後も働いていた時期があるんです。職場に昼休憩を長めにもらって、民児協の会議に出席していたこともありましたからね。

家族の介護のために委員を退任される方もいると聞きます。活動しながら義母の介護と孫の面倒をみるというダブルケアをやっていた経験からすると、むしろ、介護をしているからこそ、続けてほしいと思います。いつになるかはわかりませんが、介護には必ずどこかで終わりがあります。また、介護を経験した方にしか、介護者の気持ちはわからないのではないでしょうか。民児協にはそんな仲間がたくさんいます。委員活動が厳しい期間は、班活動やグループによって、お互いさまというように、周りの仲間で支え合えるといいですね。

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